広場


涙が雨粒のように石畳の上をつたう午後
街の中心の広場では老人がベンチに腰掛け
掌にのせた硝子の小鳥に世界の真理を教えている

(世界を埋める大きな林檎
図らずもそれはみかけよりもずっと小さい)

大きな時計台のちょうど下大理石でできた階段の踊り場で
幼い子供が一人サーカスのライオンがくぐるような火の輪をくぐり
膝小僧を火傷している

(地球の果ての死
見失うほどにそれは掌をすり抜けやすい)

薄暗い夜の匂い
まるで地下室の黴のような匂いが街中に充満し
窓辺に立つ観葉植物たちはいっぺんに頭を垂れる
シエナの土の色したレンガで組まれた四角い立方体の建造物
入り口はどこにも見当たらず
ただ中からは
男と女の諍いの声だけが微かに聞こえてくる

(架空の人形劇
彼はここにいてそこにいない
彼女はそこにいてここにいない)

私は何を見ている?
街の窓という窓は全て閉じられ
街の中心の広場で一人立ち尽くし
私は一体何を見ている?

広場の噴水横の鉄塔天辺に添え付けられた拡声器からは
どこへ向かうかも自覚していない
たくさんの兵士の足音が洪水のように溢れ出ている
博物館の警備員らしき男がその音に合わせて足踏みをしているが
まったくリズムがあっていない
街並を見下ろす時計台の針は2時15分で止まったまま微動だにせず
その先の時間を示す勇気はあいにく持ちあわせていないようだ

(それはあなたがどれだけの距離を歩いたとしても遠ざかってゆく
記憶に似ている)

不意に骨が軋む
老人の放った硝子の鳥が
瑪瑙色の空に七色の光を反射させながら飛んでゆく
ベンチに腰掛け
答えの無い思いでそれを見上げる老人の表情はとても穏やかだ
心が軋む
するどい痛みが胸を打つ

(無限のパレードの終わり
ほら吹き男が時に真実を語ることもある)

私は何を知っている?
空に浮かぶ巨大なバルーンから花びらのように降り積もる
たくさんの行方不明者の捜索願
私は一体何を知っている?

(真実の匂いは甘い?
それとも辛い?)

目を閉じて
脆弱な世界を一面硝子の羽が埋めてゆく
マッチ棒を手にした少女がその硝子羽畑にゆっくりと火をおとす

(それは小さな悪戯のようでもあり
大きな企てのようにも見える)

春風の澄んだ匂いとともに高く燃え上がる炎が空を埋めてゆく
まるで無数の鳥の羽ばたきのように

目を開くとベンチに腰掛けていたはずの老人は何処かに消えている
私は老人の居たベンチに腰掛けてみる
ベンチの足元を見てみると小さな小鳥の羽が一枚
砂粒にまみれて地面に張り付いている

だれも結論は急がないだろう
性急なもの言いで世界が目覚ましく変わる訳では無い

(ただ唯一分っている事は
どれだけすばらしい善人にも
どれだけひどい悪人にも
どれだけ醜い時代にも
どれだけ美しい時代にも
一様に
平等に
確実に
死は訪れるということだ)

涙が雨粒のように石畳の上をつたう午後
街の中心の広場で老人はベンチに腰掛け
掌にのせた硝子の小鳥に世界の真理を教えている

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