石の名前を何度か心の奥でつぶやいてみたが
言葉にしたら失われてしまい
小柄な母親の涙だけが白いハンカチを湿らせた
父はただ黙って遠くを見ていたが
汗で汚れたワイシャツの襟元からは
いつものあの独特の匂いがして
なんだか懐かしい気持ちになってしまう

父にはちゃんと僕の姿が見えていただろうか?

僕にはもう父や母や君の姿がうまく思い出せない 
異国の街で失った感情は君に伝えられなかったけれど
長旅を終えた僕の体は
今朝、生まれ故郷である片田舎の小さな村で荼毘に付された
三毛の爪をとぐ音で目が覚めることももうないのだと思うと
それはそれで少し悲しい気もするが
肉体を失ってしまった僕にとって
それは仕方がないことなのだろう

明日からの僕は手持ち無沙汰だ
どこか海の見える遠い町に出かけていって
浜辺にゆったりと腰掛け
波の音でも聞いていることにしよう
世界を闊歩する巨大な虚像に飲み込まれてしまったのは
きっと僕だけではないはずだから
僕の目指す浜辺にはたくさんの人々が佇んでいることだろう

僕は夜の匂いのする石の名前を
みんなに教えてあげるつもりでいる

今度こそ
言葉にしてもその名前は永遠に失われることはないはずだ
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