彼は小さな蛙のように何も起こらないことを考えている
薄汚れた窓硝子を伝う無数の雨粒を眺めながら
彼は小さな蛙のように何も起こらないことを考えている
涙の流れる速度で掌と結ばれた地上
小さな蟻の巣から溢れ出てくる蜜の味を想像しながら鍵を無くした少年達
(葉の影に彼等はひっそりと隠れている。)
彼等の向かう先は
いくつもの錆びた鉄の破片が植え付けられている広大なミサイル畑
そこでは誰もはじまりの場所もおわりの場所も想像できない 

(未来を思い描くのに疲れたのは僕の住むこの世界も同じだろう?)

見ず知らずの酸素が鼻腔に入り込んできて朝を見失う
川床をたゆたう綿屑のような感情が彼の心を波立たせる
彼は小さな蛙のように何も起こらないことを考えている

雨粒を小さな体中に受け
蛙が鳴く
喉元を震わせて窓をわずかに震わせる

硝子窓に打ち付ける雨粒の重みが部屋の空気を囲い込み
彼の手足をなだらかに撫でる
彼は小さな蛙のように何も起こらないことを考えている

世界が凛とした態度を彼に見せるのはそのときだ

それはやさしさ以外の何か
苦痛では無いもっと漠然とした痛み
時間を埋める偶像の密度は日々に増幅し
雨音に紛れて世界を包む

(彼は小さな蛙のように何も起こらないことを考えている)

信じようと信じまいと
確かにそれは蛙の姿をとどめて
偽り無く彼にそっと囁きかけたのだ
何かを見失ってしまったはずのいっとき
掌には何も残らず
雨粒が世界を叩き付けるにまかせて

見失ってしまった記憶を取り戻すすべを  

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