海岸線


棚引く雲の隙間から

私はあなたの姿をうかがい見

空を裂いて広がる雨粒の数を数えながら

夏の外気が肺に染みわたるのを感じている

瞼を覆う幾つかの心の襞と

それにあわせて揺れ動く瞳孔の戸惑いに

私はなぜか心地の良い感傷を覚え

小さな掌に握られた一片の紙屑を

折り畳んでは開き遊ぶ子供のように

あなたの瞳の行き先を不思議な面持ちで眺めている

沖に寄せる静かな波の音と霧のように目前に広がる

雨粒のヴェールに手繰り寄せられるように

私たちは海岸線の道をあてもなく歩き

やがて辺りに見えるのは

木々の隙間から微かに窺える雨にかすんだ青白い海と

鬱蒼と繁り私たちを取り囲む大きな葉に

たくさんの雨粒を宿した常緑樹の群生だけとなってしまう

きがつけば

私達の後ろには幾つもの足跡がぬかるんだ地面を錯綜し

まるでそれは遭難者があてもなく彷徨い歩いている

姿を思い起こさせ

私はあなたの心に辿り着けぬまま

引き返すことも出来ぬほど遠くまで

来てしまっていたことにきづく


何を言えばいいのだろう

しとしとと降り続く雨の部屋で


いったい何を伝えればいいのだろう


今この場所で言葉など無意味であると?


真白な空と海との境界線を

哀しげな眼差しで見つめているあなたに

私の思いは言葉などでは伝わるはずもないのだと?


静かに寄せるさざ波に

あなたの心臓の鼓動が溶けだしてゆくのを

なすすべなく眺めながら

私の心臓の鼓動は早鐘のように頭の中を打ち鳴らし

ひどく不安定な感情を胸の奥に作り出してしまう


何を望んでいるのだろう?

あなたの肩ごしにあふれでる街並遠いジオラマに

いったい何を求めているのだろう?

わたしとあなたが存在しているこの場所に


私はあなたが側にいることをたしかめ

ゆっくりと

深く大きな溜息をつく

雨に濡れたあなたの髪に限りない優しさを感じながら

それが誰のためのものなのか

なぜこんなにも私を踏みとどまらせるのか

私はひとり戸惑っている

遠く山あいの方から聞こえてくる車の音に紛れて

あなたの神経質な声の響きは

私の耳もとに小さな風穴をあけ

沖を漂う流木の哀しいこだまとなる

記憶にない場所で言葉は深くとげを刺し

あなたは私の心に大きな空洞を創ってしまった

ズボンの裾にこびりついた泥を払いながら

私は

なぜ

あなたと私がこの時間に海岸線を歩いているのか

ふと、わからなくなってしまう


霧の向こうに佇む景色

靄のかかった窓を眺めるように

私とあなたが存在していること

見えないもの

そこに存在しているのに見ることの出来ぬもの

あなたの声の響いていた過去を巡る街に

疑問を投げかけてみても答えなどでないことは

解っていることだけれど

私とあなたは

本当にここに存在しているのだろうか?

海の方から流れてくる潮の香りは

本当にあなたと私を包んでいるのだろうか・・・


葉脈を流れる水滴と戯れながら

あなたはただ沈黙し

私の見ることの出来ない別の場所を見つめている

あなたの目に映る風景の一端にでも

私の姿が存在していてくれることを祈りながら

私は

細かな雪のように

しとしとと降り注ぐ雨粒を躰に受け

遠く地平の果てをゆっくりと進む

船の行方を追っている

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