共振


あたりを
探るように小さな息をつくと
Yは
目を閉じて片足で器用に歩いた

むかしサーカス小屋にいたのだという
ほんとうかどうかはわからない

けっこう有名なサーカス小屋だったけれど
今はもうなくなってしまったから

「つなわたり。」とYは少し照れくさそうに言って口もとを親指で撫でた
(私たちは夏祭りに来ていて、一皿の焼きそばを二人で食べていた)

ちょっと見てくる。と言い残すと
Yは花火のよくみえるほうへと私をおいて歩いてゆく

Yの背中越しに
火の玉が暗闇を滑空するように一直線に伸び
夜空が破裂するような勢いで光が弾け
きらびやかにひとびとの眼孔を彩る

宇宙のはじまりってこんな感じなんじゃないかしらと
私は心の中で思う
私が生まれた瞬間もきっと

一瞬の光が闇夜を真昼間のように青く染め
ひとびとの顔を信号機の点滅のような瞬きがおそう

無数の背中に
無限にも思えるひかりの花束がふりそそぎ
世界が一瞬の閃光にくるまれる

やさしさ
や、
希望
といったものではなく
もっと漠然とした、
けれど、ゆるやかな感情

私はYの生まれ故郷のことを想像してみる
(Yはちいさな離島で生まれた)

できることなら
私はちいさな鳥になって
Yが目を輝かせて語った
透きとおる海の
生い茂る若葉の木々の
星星の瞬く
Yの故郷を飛び回りたいと思う

銀河鉄道の夜を信じた子供のころのように
ジョバンニがいつまでもカムパネルラを信じつづけたように

Yは人込みに混ざって
じっと夜空を見上げている
誰かの優しい言葉を待つように
みんな固唾を呑んで花火が打ち上がるのを待つ

そういえば
Yは私の名前を知らない
後ろ姿を眺めながら私は思う
私はYに名前を知ってほしいのか?
ほしくないのか?

わからない

私たちは永遠を探すのにはもう歳をとりすぎていたし
いつか見た景色に懐かしさを感じとることで時間をごまかす術を
すでに覚えてしまっていたから

(名前なんて本当はどうでもよかった)

乾いた空気に響き渡る反響音
赤や
黄や
青や緑や
気がつけば誰もが光の粒の行き先を追い、リズムを感じ
瞳孔に虹のような光のパレードを鮮やかに描いている
まるで自らの目玉が発光しているみたいに夜が煌めき
ひとびとの影が七色に変化する

光の一瞬が夜空を覆い、
街を覆い
記憶を覆い
私の世界を覆う
ああ、花火はなんて一瞬一瞬の連続なのだろう
私は夜空を見上げながら、なんだか少しだけ怖くなる

Yが微笑みながら私のもとへと戻っくる
そして、黙ったまま私の隣に腰掛けると
再び火の玉が暗闇を滑空するように一直線に伸び
光の塊が夜空を埋め尽くすように弾ける

一瞬を共有するということは
永遠にもっとも近く
そしてもっとも遠いことなのか

今、この瞬間
空を見上げているひとびとは
きっとおなじことを感じている

Yと私はひとびととおなじように空を見上げる







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