ただよう


足跡の記憶が遠ざかってゆく
彼はわたしの名前を知らなくて
夏の陽射しに青銅色の指輪を投げる
波しぶき
よせてはかえす
太陽のひかり


防波堤に立つ少年たち
水平線に一列に並んで
夜の訪れを静かに待っている
淡い大気の波
よせてはかえす
旅の終わり


不意に、世界が縮んだような錯覚
海の底から空を見上げて
揺らぐ水と雲の境界
プリズム
よせてはかえす
波線の記憶


波しぶきが
足先をすべるように濡らす
言葉も
感情も
砂粒に溶けて
なにも感じない
なにもわからない
昨日も今日も明日も未来も過去もなくて
なんにも必要なくて
彼はわたしの名前を知らなくて
わたしも彼の名前を知らない

ただ
それだけのこと 

幾つもの世界が
青空に溶け海を漂い
風が吹き抜け
波しぶきが弾け
記憶の飛沫がわたしを世界から遠ざける

気がつけば砂浜は遠く
その向こうに見える街並みは朧に
星粒のように光は波間を乱反射して沈む

私は海を見に来た

ただ
それだけこと



遠く揺らぐ街並みが恋しい


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